“男気”黒田博樹、広島復帰までの反骨野球人生【報道ステーション】黒田博樹投手の原点は…?

24日、TV朝日 系列の 報道ステーション でカープの黒田博樹投手特集「“男気”黒田博樹、広島復帰までの反骨野球人生」が放送。

黒田博樹投手の原点が振り返られました。

同期の澤崎投手をライバルとし練習を怠らなかったという黒田博樹投手

 

黒田博樹投手がヤンキース時代トレーニングウェアに刻んでいた言葉。

雪に耐えて梅花麗し

「苦しまずして栄光なし」という意味を持つその言葉、ジーターやチームメイトに背番号入りでプレゼントしていたということです。

 

黒田博樹投手の原点とは

ここから黒田博樹投手の原点が語られていきます。

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バッテリーを組んでいた西山秀二OB (現野球解説者) による黒田博樹投手の原点とは

黒田博樹投手の両親による指導が大きかったのではないかという分析。

そんな黒田博樹投手のお母さんのエピソードがこちら。

この厳しさこそが黒田博樹投手の原点である、と。

 

黒田博樹投手が男気と言われる決断をした理由

FA 権を最初に取得した際、ファンの気持ちを感じたことが大きかったと語る黒田博樹投手。

2006年、残留を願うファンで埋め尽くされた球場で最終登板、投げる黒田博樹投手。

そしてそのオフ、残留を決意した黒田博樹投手。

 

黒田博樹投手、もう1つの復帰理由

カープという球団への熱い思いを語る黒田博樹投手。

2軍戦で10点取られても降板させなかったというエピソードを語る西山氏。

「カープは FA で他球団から戦力を補強せず、生え抜きの選手を大切にし、根気強く育てるチーム。」という紹介。

その土壌を作っているのが球団オーナーの松田元オーナーであるという。

松田元オーナーについて

2軍の試合を何十試合も見に行き、選手達を我が子のように思うオーナー。

 

黒田博樹投手の背番号15を空けて待ち続けていたカープ

親が子どもの帰りを待つように、黒田博樹投手を待ち続けていたカープ。

 

そして、最後は復帰会見で締められました。

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